ぶらぶらブログ

主婦の旅行記です。

ウシュマル遺跡からメリダ間のチョットした観光スポット

ここからメリダの市街地に向かっていきます。


向かう途中に立ち寄ったのが、

 

オーラン病院の野口英世の像。

野口英世の像



なぜ、野口英世の像が?

実は、野口博士は黄熱病の研究と撲滅のための医師団として1919年にロックフェラー財団からメキシコへ派遣されました。

 

当時、熱帯の病気、黄熱病で苦しむ人を救ったという訳で、今でも、野口英世は、メリダの人々に感謝されているそうです。

 

この像は、野口英世の下で学んだメキシコの医師が、たまたま日本から見学に来ていた玉川学園の園長に「銅像を贈って貰えないか」と依頼、日本側がそれに応えて送ってあげたものだそうです。

 

!!!?銅像は自分たちで建てるのが普通のような気がしますが・・・?

 

その後の銅像の修復も日本側がやってあげたようですし、突っ込みどころ満載の銅像でした。

 

現在、銅像はメキシコの文化財となっているそうです。

 

時間の関係か柵の外からチラッと見るだけという観光スタイルでした。

 

限られた日数の中にメキシコの魅力を余すことなく詰め込んできます。コレが団体ツアーのなせる業です。

 

次は、メリダのソカロを集団で観光します。


モンテホの家やカテドラル・州庁舎などを外側から見るだけの観光です。

 

一通りガイドさんの説明が終わると、自由時間となりました。

 

30分位だったでしょうか?

 

そこまで遠くに行ったりも出来ないまたもや微妙な時間です。

 

とりあえず、メリダのカテドラル、サン・イルデフォンソに入ってみました。

 

カテドラル、サン・イルデフォンソ

サン・イルデフォンソ

メリダが1561年に設立されてから19年後に建てられた教会です。

 

大司教サン・イルデフォンソを称えるべく建立されたもので、アメリカで最初に建てられた大聖堂です。

 

見所は、火ぶくれのキリストといわれる黒いキリスト像

catedraldemerida.org.mx

これは、ある村が火事になった際、教会の中でクロ焦げになりながらも残ったキリストの像という謂れがあります。

 

ただし、実物は紛失してしまってこれはレプリカだそうです。

 

実物ならまだしも、キリスト教徒でもない我々が見ても、「うん、黒く作られてるね。」という感想しかありませんが・・・・。

ただ、興味深いのはこれまで訪れてきた教会の祭壇には褐色の聖母が祀られているのに対して、こちらは磔のキリスト像だという所。

 

なぜ褐色の聖母像ではなくキリスト像なのかを考察してみました

 

ここメリダもスペイン人が侵攻してくるまではマヤの都市でした。しかし、スペイン人がキリスト教を布教する為、ピラミッドなどの遺跡を埋め立てて、その上にこのカテドラルを建築しました。

 

スペイン人はマヤ人との融和の象徴としてこのキリスト像を作ったと言われています。

 

しかしながら、ここで疑問が。本来ならマヤ人から反発の対象となるはずのキリストの像を「融和の象徴」とするなんて変な話だと思いませんか?

 

思うに、キリスト像の像はマヤ人とスペイン人との「融和の象徴」であるとマヤ人に教えこませることで、キリスト像キリスト教への反発を誤魔化す意味があったのかなと・・・。

 

褐色の聖母もアステカ人のそれまでの信仰であった大地母神と結びついて、改宗につながったとされていますし。

 

カテドラルの前にはソカロがあります。

 

やはりこちらのソカロもプエブラのソカロに似ていて、市民の憩いの公園のようなイメージ。

メリダのソカロ
私が訪れた時はのんびりとした雰囲気だったのですが、他の方の旅行記などを見ていると、結構、イベントなども頻繁に行われているみたいですね。

 

緑が多いのでボーっとするだけでもリフレッシュできるところです。