ぶらぶらブログ

主婦の旅行記です。

チェチェンイッツァの遺跡

観光4日目、とうとうこの旅の最大の目的であったチェチェンイッツァへ向かいます。

 

ホテルを9時ごろ出て11時ごろ到着。

 

エントランスはウシュマル遺跡と似た雰囲気です。

 

林の向こうにピラミッドがチラリともう見えているのに、なぜかそちらには行かないで、遊歩道を歩きます。もどかしい!!

 

遊歩道には延々と露天商が・・・。

露天商

一応、勝手に園内で商売してはダメって事にはなってるらしいのですが、皆さんその辺のジャングルから勝手に入ってきて、勝手に商売しちゃってるそうです。商人魂がスゴイです。買う気ないのにメッチャ声かけられるし~。

 

始めに案内されたのは、、旧チェチェンイッツァと呼ばれている方面。

 

チェチェンイッツァは実は紀元後6世紀頃からの、マヤ独自の旧チチェン・イッツァ時代と10世紀以降のトルテカ文明と融合した新チチェン・イッツァ時代とに分けて考える事ができます。

 

チチェン・イッツァ時代は、マヤ文明特徴の定期的な遷都で、終了した遺跡群です。新チェチェンイッツァとして10世紀頃に再びこの地に移り住みだした時には、中央高原のトルテカ文明の影響を受けていました。

 チャックモール像やククルカンなどがトルテカ文明との一致しています。


チェチェンイッツァエリアにある大司祭の墓。

大司祭の墓

エル・カスティージョよりも一回り小さいピラミッドです。

 

構造の頂部にある四角い柱は埋葬室として使用された下の洞窟に通じています。7つの墓が内部に発見されました。

 

大司祭の墓であったかかどうかは判っていませんが、高い身分であったことは間違いないでしょう。

 

天文台

カラコル
現代の天文台とそっくりなので、説明がなくてもココは天体観測の施設だったことが素人でもわかります。

 

ドーム部分に南向きには真南を向く窓、西南方向には、月没の最北線を向く窓、西向きには、春分秋分の日没と月没の最北線を正確に確認できる窓が造られており、農作物を植える時期などを正確に把握することができたそうです。


戦士の神殿

戦士の神殿
中央部に三段からなるピラミッド状の建造物と数百本の石柱が林立する回廊から成り立っています。


この石柱の回廊は見事です。マヤ時代にタイムスリップしたかのような感覚になれます。


ピラミッドの上部には有名なチャックモール像があるそうです。


近くからは見えませんが、少し離れたところから確認できますよ。

 

生贄の心臓を生きたまま取り出し、チャックモール像の腹部にある皿の上にのせて、神様への捧げものとしたという話ですよね。


石柱の回廊は、市場だったと考えられているようですが、生贄の儀式を行う神聖な場所と日常生活の場である市場がセットになっているのはどういうわけなのでしょうか?

 

現代の私たちの感覚ではちょっと結びつかない二つですよね。

 

不思議~。