ぶらぶらブログ

主婦の旅行記です。

ククルカンのピラミッドとセノーテイキル

約1時間ほど、ククルカンのピラミッド以外を見て回りました。

 

そして、とうとう念願の!!

 

カスティージョ!!

カスティージョ

おぉ~これがあの有名なククルカンのピラミッドですか~。

 

高さは24mだそうで・・・。

 

テオティワカンの太陽のピラミッドは64mですから、こじんまりとした印象です。

 

春分秋分の太陽の動きを計算して階段や基壇部が造られたと言われていますし、「圧倒的」というよりはどちらかと言うと「計算しつくされた」「精巧な」、あるいは「緻密な」という印象を受けました。

 

このピラミッドの階段の段数は91。これが四方にあるので合計すると364。

 

最上部の神殿の石段を合わせると全部で365段あり、一年を表しています。

 

また、ピラミッドは9層からなっていて、4面あります。階段を境に2つに分けられているので計18層。

 

マヤ暦は1年=18か月だったので、月を表現しているそうです。

 

この暦は太陽暦(ハアブ暦)といい、これと同時にマヤの人々は1年260日のツォルキン暦(月の暦)を併用していました。

 

365日と260日の重なる日が52年に1度訪れ、マヤの人たちはこの年を災いの年として恐れていました。

カスティージョの壁
エル・カスティージョの4面には52のデコボコがあり、この周期を表しているそうです。

 

マヤの人たちの天文学の知識と、建築技術の高さに本当に驚きなピラミッド、エル・カスティージョです。

 

最上段には神殿があり(というか、このピラミッド自体が?)ククルカンを祀ったものだと考えられています。

 

春分秋分に階段部分にククルカンが現れることは有名ですよね。

 

そもそも、マヤ文明とは、紀元前1000年頃から16世紀頃まで、メキシコのユカタン半島から、グアテマラホンジュラスといった国々のあたりで栄えた文明です。

 

4万から5万のマヤ文字を持ち、優れた天文学や暦を用いていた、先スペイン期(スペインに侵略される前の時代)の南北アメリカ大陸で最も発展した文明の1つでした。

 

最盛期の8世紀頃には、1都市につき6万人から10万人もの人々が、この一帯でいくつもの王国を形成していました。

 

マヤ文明は、非常に洗練された石器を用いてピラミッドや都市まで築くことができる高度な技術を持っていました。

 

また、大河流域で形成されることが多かった世界のほかの地域の文明と違って、セノーテを水源として、ジャングルやサバンナなど、さまざまな自然環境の中でも発展することができたという特徴も備えていました。

 

一通りガイドさんの説明を受けた後、自由時間がありました。

 

とりあえず、ククルカンさんと一枚。

ククルカンと一緒
この後は、他の遺跡を見たり、露天商の民芸品を見に行ったりできました。 

 

お昼は、

 

セノーテイキル

セノーテ
レストランでの食事と、併設しているセノーテで泳ぐこともできます。

 

更衣室前に受付があるので、そちらで数百円を払うと更衣室が使えます。更衣室内は鍵付きのロッカー、簡易的な個室のシャワー室がいくつか、シャワーのない簡易的な個室がいくつかあったように記憶しています。

 

勿論、泳ぐ気まんまんで水着を着てみましたが、水深40メートル?足が着かないので、怖くてなかなか入れません。

 

ライフジャケットを借りることも出来るようですが、ライフジャケットを着て泳いでいる人はほとんどいませんでした。子供位でしょうか、着ていたのは。

 

飛び込み台とかもあって、メッチャ楽しそうだったんですけど、足が着く所でしか泳いだことない人はまあ無理ですよね・・・。

 

一応ライフセーバー的な人もいます。

 

また、水に入るのにハシゴを降りるようになっていますが、ハシゴは2か所しか設置されていないので、ものすごく渋滞しています。

 

水に入りたい人と、水から上がりたい人で大混雑していました。お昼時で、ツアー客が押し寄せていたからかもしれません。

 

あっ、セノーテサイドまでは水着を着ていなくても降りて行けますので、水を触ったり、セノーテの近くで写真を撮ったりして楽しむことも可能です。

 

折角なのでと意を決して泳いでみましたが、恐怖しかありませんでした。

 

まぁ、良い思い出にはなりました。